もつれた糸の ほどき方。

プロフィール
山口 良平(33)佐々支店 支店長代理 佐世保市出身 平成16年入社(勤続10年)

趣味は仕事。座右の銘は「何事も前向きにとらえる」。なせばなる!という持ち前のポジティブさが、仕事でも役に立っている。休日は家族サービスも忘れない男の子3人のパパ。

私たち日本人は、人前でお金の話をすることをひどく嫌います。誰もがお金を稼ぎ、毎日のように消費活動を行っているにもかかわらず、お金の話は「いやらしい」「恥ずかしい」という発想が、私たち日本人には根深くあるようです。 かつて消費者金融の借金を苦にした自殺者が増加し、一時深刻な社会問題となったのも、このような日本の国民性が深く関わっていたのかもしれません。この物語は、長崎県北に住むある家族におきた話です。

家族に言えずにいた父の秘密

今回の主人公は製造業に勤務するサラリーマンのお父さん。昭和60年に結婚した妻と大学生の長男、高校生の長女の4人家族の主(あるじ)です。お父さんは無口でまじめで、それでいて家族思い。お母さんは一歩下がって夫を支えるような、昔気質の女性です。子どもたちは二人とも文武両道。学校の成績だけでなく、ともに所属していた運動部の大会でも上位の成績を収めていました。決して裕福ではありませんが、贅沢をしなければ十分暮らしていける、いわゆる中流家庭でした。長男の進学にあたって、奨学金と国民生活金融公庫からの借入れはありましたが、それも卒業後に返済していける範囲内のものでした。

ところが、この家族に青天の霹靂ともいえる事態が起こります。それは長女が大学受験を控えた平成20年のこと。お父さんが消費者金融による多額の負債を抱えていたことが発覚したのです。その額は約600万円、20年以上一人で抱え続けた負債でした。

抜け出せない多重債務のループ

story01-1事の発端は、お父さんの独身時代にまでさかのぼります。時代は昭和60年代、日本はバブル景気に沸き、当時は消費者金融からお金を借りることが、さほど特別なことではありませんでした。遊興費として、消費者金融1社からお父さんが借りた額は30万円。当時は貸金業に関する規制が緩く、今よりも借り入れがしやすい状況でした。結婚後も、もう少し大丈夫だろうと、交際費などで他2社から借り入れを行いました。もちろん、このことをお母さんは知る由もなく、お父さんも自分の小遣いを返済に充てることで返していけるだろうと高を括っていました。しかし、ことが秘密裏であるだけに少額ずつの返済しかできず、時間の経過とともに膨らんでいく金利に、また別の会社から借り入れを行う「多重債務」のループにはまっていきました。

それはまるでもつれた糸のように、一本また一本と絡み合ううちに、どんどん解けなくなっていき・・・解こうと躍起になればなるほど、また絡まっていくのでした。